『白桐』(しろぎり)

旧暦7月2日 庚子(かのえね)
            大暑初侯 桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)
桐の蕾
26日の明石城公園本丸の桐です。
いっぱい蕾をつけていました。

今まで、現代の七十二候の解説書を参照していたのですが、
「桐始結花」の解釈は、ずっとおかしいと思っていました。

たいていは、そのまま、桐の花が咲く時期としているか、
桐の実がなる時期、あるいは、桐の実が熟する時期としているのです。

花が咲くのは、メルマガにも書いたように、4月の終わりから5月の始めごろ。

実がなるのは、花が落ちてからすぐふくらみだして、6月ごろには、
もう青い実がついています。

茶色くなるのは、秋。
熟して割れるのは、初冬。

現在も、蕾といっしょに、青い実がたくさん見られます。

桐の実 茶色くなって、殻になった実もついていました。







ですから、ずっと、下の青桐のことを言っているのだと思っていました。

青桐  青桐の花は、7月の始めごろ咲くので、
  少し時期はずれますが……。






ところが、少し前に、江戸時代に書かれた七十二候の解説書『天文俗談』を
読むことができました。
江戸時代に入って2度目の宝暦暦の編纂にもかかわった
西村 遠里(にしむら とおさと)が書いたものです。
そこには、

~桐始結花は、土用中に来年の花を、葉の間に結ぶなり。
 この桐、白桐なり。~

とあります。
(仮名遣い、漢字は、現代の表記に直しました)

暑い夏も、寒い冬も乗り越えて、元気に咲いている桐の花。
私も大好きです。
桐の花

そういえば、桐の紋も、蕾をモチーフにしているような気がしてきました。
   ↓
[家紋の由来 桐紋]
【家紋World】

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コメント

No title
今週は『白桐』ですか。
“おいら”んちの裏に 猫の額ほどの畑があって、その畑の縁に、割と太い桐の木が1本、立っていた記憶がある。その手前には渋柿の木があったので、その畑にはあまり行かなかった。
その畑の南側にもう1枚畑があって、その畑の縁にある甘い柿の木には随分とお世話になった。時には、柿の枝と共に地面に転落することも経験した。そんな話はどうでもいい。今は桐の話。

そんなわけで、桐の木にはあまり関心がなかったため、桐の木が花をつけるだなんて、50歳位になるまで知らなかった。

“おいら”は転勤族だったので、西日本を転々としていた。ある時、大阪の八尾市にお世話になることになったんだけど、八尾市にいたとき、生駒山へ、ハイキングやら何やらで、よく遊びに行ってたんだ。殊に『水呑みさん』へはよく登った。

『水呑みさん』へ上る登り口に、桐の木があるんだな。よく登っていると、桐の木が花をつけるときと出会うわけだ。
“ええ…! 桐って、こんな花、咲かせるのォ!”って 感動したのを 覚えている。
同時に、桐の花って、何だか、えばってるみたい! って言うのも感じたんだけど、どうしてそんなことを感じたのか、今の今までわからなかった。
が、ようやく、その疑問も溶けた感じになってきた。

夢子姉さんも書いてらっしゃいましたが、中国じゃー、瑞鳥とされている鳳凰がやってきて止まり、人には、“めでたい”と感じさせるような鳴き声を発するそうで、そのため、桐の木は「めでたい木」と言われ、天子のシンボルともなったとか。

そういえば、桐の紋が皇室の紋であったりするし、桐の紋に手を入れた紋が秀吉らに下賜されたりしてます。

桐の花は、えばったところがあったとしても、それは出自のせいなんだと思った次第。夢子先生、この結論、いかがなもんでしょう?

Re: No title
ムクドリさま

柿のお話も面白く読ませていただきました。

> “ええ…! 桐って、こんな花、咲かせるのォ!”って 感動したのを 覚えている。
私も、初めて見たときは、感動しました。

本当は、鳳凰の止まる木は白桐ではなくて、中国では、
青桐(梧桐)のことだそうです。
でも、日本人は、白桐と思いたかったのでしょうね。

私は、えばっているとは感じなかったんですが、
皇室の紋のことなど考えると、
そう感じるのももっともなのかもしれませんね。

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