『浦安の国』(うらやすのくに)

旧暦閏5月24日 乙巳(きのとみ)
  小暑末侯 鷹乃学習(たかすなわちわざをならう)
DSCN7682.jpg
まさに『浦安』の、須磨の浦です。
海釣り公園のすぐ西側は、日曜日というのに、
人影はほとんどありませんでした。

海釣り公園の前では、海猫(ウミネコ)がいっぱい。
茶色いのは若鳥です。
DSCN7686ウミネコ

背後には、JRの線路、国道二号線をはさんで、
須磨浦公園。
有名な源平の戦いがあった当時の海岸線は、
現在の須磨浦公園あたりだそうです。
松林は、その頃の名残でしょうか。
DSCN7654 (1)
神戸の街中では、熊蝉(クマゼミ)ばかりですが、
ここでは、油蝉(アブラゼミ)の声しか
聞こえませんでした。
DSCN7691アブラゼミ (640x480)

さて、『日本書紀』によると、
昔、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が、
「日本(やまと)は、浦安の国」と言ったとか。

でも、それに続けて、
「細戈(くわしほこ)の千足(ちた)る国」とも
言っています。
立派な武器が十分に備わっている国
という意味です。

めざすのは、『浦安の国』だけにして、
後のような国には
ゆめゆめなりませんように・・・。

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